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2009年7月 5日 (日)

ペーパーテストクソッタレ(後編)

さて、英語のこんな問題の話であった。

括弧の中に適切な語句を入れなさい。
When I (        ) the music, I'm always tugged by memories of you.

ここをお読みの方は結構英語を使う方が多いようなのだけど、特に会話なんかではこの問題に関わることが重要になってくる。それは、日本語のある動詞に対応した英語の表現のバリエーションの中での「ニュアンスの違い」というものを理解しているか、ということである。

上の問を見ると、「ああどうもここは『音楽を聞く』ということなんだろうな」ということが想像できるだろう。いわゆる優等生は、ここで、「音楽を聞く」ときの「聞く」は listen to ... だ、と何かに書いてあったのを思い出して、こう回答するのだろう。

さて、英語のこんな問題の話であった。

When I listen to the music, I'm always tugged by memories of you.

なるほど。これは確かに英語としては「正しい」。日本語に置き換えると、

その曲を聞くと、私はいつもあなたの思い出に胸が締め付けられる思いがする。

ってなところだろうか。うん、正しい。

ただし、だ。確かに教科書や参考書には、「音楽を聞く=listen to the music」と書いてあるけれど、本当にいつでもそうなのだろうか。これは唯一無二の一対一対応なのだろうか。

もちろん、英語という言語の表現はそれほど貧困ではない。上の問にこう答えたらどうだろうか。

When I hear the music, I'm always tugged by memories of you.

なんだか、こう書いた時点で、したり顔でどうのこうの言う人が現れそうだ。しかし、これも実は正解なのである。訳は、

その曲が聞こえてくると、私はいつもあなたの思い出に胸が締め付けられる思いがする。

ってなところだろうか。

では、listen to the music と hear the music の違いは何なのだろうか?あえてこの二者の違いを訳として表現すると、前者は「(本人の意思・行動の下で)耳を傾ける」、後者は「(本人の意思・行動と関係ないところから)聞こえてくる」という感じである。要するに、これらの表現は、主体の積極性の有無によって明確に区別されるべきものなのである。

最近、英語などでの聞き取りテストのことを「ヒアリングテスト」と言わずに「リスニングテスト」と言うようになっているが、上の判断基準から見ると、この変化は英語的には「正しい」。テストの設問を音で聞くのは、「本人の意思・行動」としての積極性を前提としているからだ。

しかし、「音楽を耳にする」というだけだったら、そこに「本人の意思・行動」としての積極性があることが要求されるのだろうか?ちょっとシチュエーションを考えてみよう。例えば、

昔、熱い熱い恋をしていて、それが実らなかった。そのとき、いつもその恋人と聴いていた音楽があった。

というのを前提にしてみようか。そうなると、listen to の場合だと、おそらくこの文の主格たる人が、

その思い出の曲のレコードを持っていたりして、そのレコードをたまたま取り出して聴いている場面

なんてのが想像できる。そんなときならば、確かに listen to でなければ、レコードを自ら取り出してきたその行動や意思が伝わらないわけだ。

では、この文の主格たる人が、

街を歩いていて、たまたま何処かしらからかその曲が聞こえてくる場面

だったらどうだろう。このときは、たまたま偶然に(そこに「本人の意思・行動」としての積極性なしに)その曲が聞こえてくるわけだから、listen to はむしろ不適であって、hear の方がよりその状況を的確に表していることになる。

だから、上問の答はひとつではない。もし括弧内に hear と書いた生徒の答案にバツをつける英語教師がいたとしたら、その人は教師としての資質が欠けている。たとえ教師の想定外の答が出てきたとしても、教師はその想定外の答の妥当性を検討し、その正誤を判定しなければならないのである。それができない人は、そもそも教師などという仕事をしてはいけないのである。だから、

  • 上問の括弧の中には何が入るのか。
  • この問題の「質」はどうなのか。

の答は、

  • 少なくとも、単一の答が入るとは限らない。
  • 答の多様性を加味しているなら良問、偏狭な知識による単一解で別解を切り捨てるならばひどい悪問

ということになるであろう……などという話が、最近すっと通じなくなっているこの現状が、僕にはどうにも恐ろしいのであった。

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